amazonの書籍紹介は下記の言葉で始まるぜひ一読を!

かくして貴方は、そのボタンを押す---「存置」か「廃止」か、ではない。描かれるのは、徹底的にリアルな風景だけ
2009年5月21日、裁判員制度が導入された。実際に市民が裁判員となって行われる刑事裁判は今夏、初めて開かれる・・・

書籍紹介



著者の青木氏よりメッセージを頂きました

ジャーナリストの青木理です。「ocean=被害者と加害者の出会いを考える会」の真摯かつ貴重な活動に深い敬意と共感を表させていただきます。
 さて私、このほど死刑問題をテーマとした新著を上梓しました。『絞首刑』(講談社)という少々おどろおどろしいタイトルですが、私なりに死刑問題に真正面から取り組んだつもりの作品です。
 といっても本書は、死刑制度への賛否を声高に訴えるものではありません。むしろ、死刑制度の足下に横たわる「現場」を徹底取材し、その実情をどこまでも「事実」によって描くことを目指したルポルタージュです。特に、死刑という究極かつ絶対不可逆の刑罰に否応なく関わらざるを得なくなってしまった人々----死刑執行に直接携わった人々はもちろん、加害者である死刑囚から犯罪被害者の遺族まで----の心中に渦巻いている葛藤と苦悩に焦点を当てようと試みました。

 最近の各種調査によれば、世の8割の人々が死刑制度の存置を求めているそうです。しかし、私自身も含め、死刑という冷厳な刑罰の執行現場をいったいどれほどの人々が知っているでしょうか。
 また、「加害者」は血も涙もない極悪人であり、「被害者」はどこまでも極刑を求めている----そんな絵図がメディア等には横溢しています。しかし、現実の情景はそれほどに単層的なのでしょうか。
 そんな疑問が、従前から私の中に燻っていました。
 従って本書の取材では、実にさまざまな方々にお話をうかがいました。死刑執行に関わった刑務官や教誨師、検察官。「加害者」である死刑囚や死刑被告人、あるいはその家族や弁護人。そして、愛する人を無惨に奪われて悲嘆に暮れる被害者遺族の方々……。
 取材で出会った何十人もの方々は、死刑という刑罰を眼前にし、誰もが想像を絶するほどの苦悩に喘いでいました。それは、被害者遺族の方々も例外ではなかったように思います。私が会った被害者の遺族は、たとえ死刑という刑罰を求めている方であっても、同時に深い逡巡と葛藤の中で立ちすくんでいるように見えました。

 取材では、oceanの会長である原田正治さんにもあらためてお話をうかがい、「被害者遺族」である原田さんと「加害者」である故・長谷川敏彦死刑囚の交流についても、本書の中で新たな視座から描かせていただきました。私の不躾で、そして度重なる長時間の取材に、いつも温かな微笑みを絶やさず応じてくださった原田さんには感謝の言葉もありません。
 そんな原田さんにお話をうかがう中で、次のような一言が今も私の心に突き刺さって消えません。
〈犯罪の被害者遺族は、大切な人を奪われることによって不幸の谷底に叩き落とされてしまう。そして、刑事司法やマスコミ、大多数の世間の人は平和な崖の上から『可哀想に』と同情の声をかけてはくれるけれど、本当の意味での救いの手を差し伸べてはくれない。その代わり、崖の上から加害者を突き落とすのに夢中になっているだけではないでしょうか……〉

 そう、「凶悪」と評されるような事件が発生すると、私たちは一時的に注目を寄せ、「被害者のため」という大義を振りかざして「加害者」を激しく断罪します。結果、近年の刑事司法は厳罰化の方向へと急傾斜を示し、世論動向などを背景として死刑判決もその執行も急増しています。メディアの世界で長く生きてきた私自身、そうした風潮を煽るような報道の中に何度か身を置いた経験がありますから、原田さんの言葉は私自身に向けられた刃でもありました。
 しかし、当たり前の話ですが、現場の情景はそれほどに単層的ではないのです。死刑という刑罰の執行に携わった経験を持つ人々は、決して癒せぬ深い傷を心の内に刻み込んでいました。また「加害者」も、「被害者」の遺族も、究極の刑罰によっても償えず、また癒しようもない傷に呻吟苦悩していたのです。
 もちろん、これも原田さんが常々おっしゃっている通り、「被害者遺族」といっても一様ではないと思います。それは「加害者」も同様でしょう。ただ、「極刑」という厳罰によって「正義」が貫かれ、同時に「被害者」に救いがもたらされるというほどに現実は単純皮相ではないのだということを、私は本書の取材で教えられました。

 そうした中、原田さんとoceanが取り組んでいる「被害者と加害者の出会い」による「癒しと償いの模索」ともいうべき試みは、ひたすら厳罰化に突き進む日本の刑事司法に新たな道を指し示す可能性を秘めていると思います。これまで絶対対立項として扱われてきた犯罪の「加」と「被」の断絶に橋を架け、両者がともに「償いと癒し」の可能性を探ることはできないだろうかと訴えるoceanの理念と行動は、人間社会が目指すべき理想の一つを顕現しているように思うのです。
 言うまでもなく、この理想を前進させていくのは容易なことではないでしょう。しかし、私はoceanと原田さんが訴える理想と活動に繰り返し敬意と共感を表させていただきます。憎悪と報復の果てなき連鎖は、類似の感情を社会に堆積させ続けるだけだと考えるからです。
 このほど上梓した拙著『絞首刑』も、oceanの理念を少しでも多くの人に知っていただくための一助になるならば、これに勝る喜びはありません。ご興味のある方は、是非一度、手に取ってお読みいただければと思います。(記・2009年8月24日)




戻る